「怪しい医療情報」にダマされないために
コロナ禍で医療情報が錯綜したことは、多くの方の記憶に新しいと思います。また、書店やネットには「怪しい医療情報」が溢れかえっています。正しい医療情報は一体どこにあるのでしょうか。そこで、ニュースレターの初回は「ヘルスリテラシー」について下記の3点を取り上げます。
目次
-
「怪しい医療情報」が拡散されるのはなぜか
-
「論文は広告」エビデンス能力がないものが多い
-
「信頼できる医師」の見分け方
※今後も信頼できる医療情報だけをお届けしていきます。継続的にお読みいただける方は、ぜひ「登録する」よりメールアドレスの登録をお願いします。
なぜ「怪しい医療情報」が拡散されるのか
「上野先生、この医者の主張は間違っていますよね?」
取材などでよく聞かれる質問の1つです。しかし、「間違っている」とすぐには言い切れないケースが増えてきました。
近年の傾向として、「怪しい医療情報」の多くは「半分正しく、半分怪しい」情報によって構成されるようになっています。明らかに誤った情報として発信されることはほとんどありません。ここで言う「正しさ」は医学の定説とされていること、「怪しさ」は異説をそれぞれ指します。つまり、「怪しい医療情報」とは、医学の定説と異説を巧妙に混ぜ合わせた情報と言い換えることができます。
この「怪しい医療情報」の中から、異説だけを抽出して指摘することは専門家でも骨が折れる作業です。加えて、異端の医療情報を発信する人は、それが正しいと信じ込んでいる点も厄介です。本気で信じているのか、それとも意図的にそのポジションを取っているのかはわかりませんが……そして、こうした人との議論は平行線をたどります。こちらが情報の「怪しさ」を指摘しても、「半分正しく、半分怪しい」論法の返答を繰り返してきます。こちらの努力は徒労に終わり、やがてこちらが燃え尽きてしまいます。
さらに、真偽不明の異説を流す医師に経済的なインセンティブがあることが問題をより根深いものにしています。他の医者と対決してネットで炎上させることで本が売れる。メディアがそうした炎上や異説を面白がって取り上げることで、さらに本が売れる。
一方、異説に対峙する医師は、それでご飯を食べているわけではありません。また、不用意に絡んで炎上させてしまうことで、異説を拡散させてしまう恐れもある。医師にとってあまりにも労力とリスクが大きすぎます。こうして異端に対峙する医師たちは、リングから降りることを余儀なくされるのです。仮に定説の医療情報で書籍を出しても、目新しさがないので売れません。結果として、書店に並ぶ本やメディアの記事は、異説に偏ってしまうのです。医療は一体誰のためにあるのでしょうか……
こうした構造を考えると、「メディアや書籍で発信されたから正しい」という認識は誤りで、むしろ「メディアや書籍で発信されたから危ない」と考え始めるほうが健全であると言うことができます。もちろん、患者さんを救う素晴らしい情報もあるのだが、それを見極める能力を一般の人が持つのは難しいから、この前提を持つことが大切だと思います。では、医学的に正しさが証明されている情報はどこで探せばいいかと聞かれたら、公的機関が出す情報と答えるようにしています。すべてではありませんが、概ね正しい情報が掲載されていると感じます。
論文は広告、エビデンス能力がないものが多い
「怪しい情報」の中には論文を引用する形で「エビデンスがある」と主張するものが多くあります。しかし、引用された論文が正しいのかどうか誰も目を向けることはないでしょう。医師である私もそこまではできませんから、一般の方はなおさら確認しきれないと思います。
そもそも、論文が常に正しいとは限らないという点は意外と忘れられています。「論文」と聞くと内容の正しさが科学的に保証されていて、エビデンスとして信頼できると考える人は少なくないのではないでしょうか。しかし、論文は寄稿者が掲載先媒体にお金を支払うことで掲載されるので、要は「広告」なのです。研究者として「こんな論文を書いた」という名刺になりますし、昇進するためには論文をたくさん執筆することが求められます。
これは世界的に有名な学術誌の「Nature」や「Science」でも基本的には同じです。権威ある学術誌は査読済みの論文が掲載されるという点で、他と比べると信憑性は高いですが、やはり「質の高い広告」と捉えるのが適当だと思います。実際に、世間を賑わせた「STAP細胞論文」は「Nature」に掲載されましたし、確実に正しさが証明されるわけではないのです。
また、最近ではオープンアクセス形式の論文が増えています。オープンアクセスとは、執筆者が通常よりも高い金額を事業者に支払うことで論文を掲載してもらう仕組み。読者が無料で読むことができるメリットがあるものの、誰でも論文を掲載できてしまうため質の低い論文が世に出回ってしまうことに繋がっていると指摘されています。これは、医学だけにとどまらず、学術の世界では重大な課題と認識され始めています。実際に、オープンアクセスの「怪しい論文」と「掲載サイト」をまとめたサイト(下記リンク参照)まで作られているほどです。
膨大な数のオープンアクセス論文の中から、主張の裏付けとなる論文を探すことは難しくありません。「〇〇が発がん性を高める」というデータも「〇〇には発がん性を高めない」というデータも両方見つけることができるのです。「論文がある」から医学的に正しいとは言えない以上、論文を根拠に書籍や記事の正しさを判定することは避けたほうがいいでしょう。医師である私ですら専門ではない分野の論文を見分けるのは非常に難しいので、一般の方であればなおさらです。
繰り返しますが、信頼できるのは公的な機関が発信している情報です。がんでは国立がん研究センター、一般的な医療・健康情報では厚生労働省をお勧めします。情報発信者に経済的なインセンティブが働いている場合、質の低い論文を引用した異説であることが多いという点を意識していただくのがいいと思います。もちろん、すべての場合がそうだというわけではなく、偽物の情報に騙されないための予防策として捉えてください。
「信頼できる医師」の見分け方
私が言いたいのは、情報を鵜呑みにしないでほしいということであって、情報に触れるなということではありません。むしろ、ご自身が納得されるためにも、あらゆる情報を調べてみてください。ただし、その際に信頼の置ける医師にそれらの情報の信憑性について相談できる状態にあるのが好ましいです。一人で抱え込んだり、家族だけで話し合うのではなく、専門医に頼ってください。
実際に私のところに来る患者さんの中にも、怪しい医療情報を持ってくる方は少なくありません。中にはかなり深く信じきっている方もいます。そうした患者さんとのコミュニケーションにおいて大事になるのが、信頼関係です。
医師に相談することの難しさは、私自身ががん患者になったときに痛感しました。「担当医の治療に私が口を出していいのか」とか「どうせ言っても変わらないだろう」と考えて、患者が自ら諦めてしまうのです。知らないうちに患者が抑圧されていることを実感させられました。患者に自身のことを話して欲しければ、まずは医者が患者から信頼されなければなりません。患者になった経験を経て、患者さんの信頼を得るために私が意識したことは下記の3つです。逆に一般の方はこれらの条件を満たしている医者は信頼できると捉えてください。
-
説明を丁寧にする
-
聞く耳をもつ
-
約束を守る
1つ目の「説明を丁寧にする」は、症状や治療法に関する説明はもちろん、症状の継続性を患者さんと共有するようにしました。例えば、患者が胸の痛みを訴えてきたものの原因がよくわからないという場合、2週間後も痛かったら絶対に言ってくれと伝えます。そうして期限を明確にすることで、病気の原因を特定して治療を前に進めやすくなります。こちらから期限を提示しないと、患者は我慢してしまうこともあります。「先生、実は3週間前からずっと胸が痛くて」ということも少なくありませんでした。自分ががんになる前は「早く言ってよ」と思ってしまいましたが、今ではその気持ちがよくわかります。一番言ってはいけないのが、「そんなの心配しなくていいよ」です。実は自分ががん患者になる前は、たまに使っていたフレーズでした。患者を安心させたいという意図があったのですが、逆に症状が悪化するまで患者さんを黙らせてしまっていたのです。
2つ目の「聞く耳を持つ」は、反対するより前に患者さんの考えを共有してもらうということ。例えば、怪しい医療情報を信じている人の中には、頭ごなしに否定された経験があって人に言いたくないという人もいます。患者さんが自分の考えを話しやすい環境を整えることが医師が務めです。患者さんの意向を把握することは、治療方針にも大きく影響します。末期の肺がんを患う患者さんのケースを想定しましょう。もし、この方がタバコを吸わないとイライラして自分を保てないと言っているのに、肺に良くないからとタバコを取り上げられるでしょうか。残された人生をその人らしく生きるためのサポートをすることも立派な医療の役割だと私は考えています。もちろん、治る可能性が残されている場合は、全力で患者さんを治す方向に説得します。しかし、治療に絶対的な正解はなく、患者さんのリスク許容度や治療に対する納得感、症状の重さなどさまざまな要素を複合的に判断して決めていかなければなりません。そのために、患者さんの声に耳を傾ける努力が医師に求められます。
3つ目の「約束を守る」は説明した治療内容をその通りに実行していくということです。これは医師と患者に限らず、日常や職場における人間関係でも同じです。その人の言ったことを疑いなく受け取れる場合、その人を信じて頼ることができます。言うこととやることが違う人は信じて頼ることはできません。
こうして医師と患者が信頼関係を築くことは、患者さんを正しい医療に導くことに繋がります。信頼関係があれば、たとえ患者が医師と異なる考え方を持っていたとしても、患者を説得する余地が生まれるからです。患者の立場から考えると、信頼できる医師を見つけたらご自身の考えを共有することで、より安心して治療を受けることができます。
個人的な感覚の話ですが、信頼関係は最初の診察で決まると考えています。そこが上手くいけばその後も上手くいきますし、その逆も然りです。一度不信感を抱かれてしまうと回復するのは、容易ではありません。
医療情報は人の健康や命が関わってくるものであるにも関わらず、書籍や記事は怪しい情報で溢れかえっています。今回の記事では怪しい情報に騙されないためのリテラシーとして、「怪しい情報が拡散される仕組み」、「論文に対する誤解」、そして「医者とのコミュニケーション」の3点を取り上げました。今回の記事が読者の方が医療情報に接する際の参考になることを祈ります。
このニュースレターに価値を感じていただけたら、SNS 等でシェアしていただけると大変嬉しいです。書き続ける際に大きな励みになります。それでは、良い一日を。
すでに登録済みの方は こちら